第3位
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1990年 オグリキャップ(武豊) |
一年前の秋は、激闘を繰り返し日本を代表する名馬に成長したオグリ。
さすがにその疲れがたまってか、調子がいまいち戻らず大阪杯は回避。
ぶっつけのGT挑戦の舞台で屋根に迎えられたのは、若き日の天才・武豊。
年明け初戦とスタージョッキーの騎乗で、目の離せない一戦となったが
ここでもオグリは強かった。
道中二番手で積極的にレースをすすめ、
直線入り口では充分に後続を引き付ける。
坂を上りきったあたりから本気を出すと、たちまち馬群を引き離し
1:32.4のコースレコードで完勝。
結局この記録は、新世紀に東京コースが
改修されるまで破られることはなかった。
これを最後に‘強い’彼を見ることはできなくなったが、
もう一度、豊を背中に迎えたあの有馬記念まで、オグリ伝説はつながっていく。 |
第2位
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1998年 タイキシャトル(岡部) |
弱冠3歳でマイルCS・スプリンターズSを連勝し
電光石火で短距離界を牛耳ったタイキシャトル。
海外遠征をもくろみ、自信満々で迎えた安田記念だったが
府中の魔物は、不良馬場というまだ彼が出会ったことのない難敵をぶつけた。
しかしファンはタイキの強さを疑うことなく、単勝1.3倍の評価で
彼を泥んこ馬場に送り込んだ。
雨が降りしきり、スピードが完全に殺される1:37.5というレースタイムだったが
やっぱり勝ったのはこの馬だった。
岡部騎手が馬場の良いところを選びながら
慎重に外に持ち出し、ムチを入れると
ぬかるんだ地面を、豪快に大きく跳ね上げながら鋭進。
上がり最速の脚で、香港のオリエンタルエクスプレスを二馬身半後方に引き連れ
次走での、世界制覇達成を予感させる横綱相撲で決着させた。 |
第1位
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2009年 ウオッカ(武豊) |
二度目のドバイ遠征が失敗に終わり、
帰国初戦の府中マイルで圧巻の走りを見せ復活したことは
前のヴィクトリアマイルの時に記した。
続いて牡馬相手のこのレースで、昨年に続く安田記念連覇を目指したが
この快挙は、16年間しばらく達成されることのなかった難しい課題であった。
そして文字通り、彼女の目の前に大きな壁が現れた。
道中は比較的前目につけ、内を通りロスなく走るというほぼ完璧な流れだったが、
後輩ダービー馬がするするっと、ウオッカを交わして
目の前のわずかな馬の隙間を抜けたかと思うと
たちまちその入り口は、天岩戸伝説よろしく
両側からピタッと閉ざされてしまった。
ちょうど左にいたスマイルジャックは
前の馬に接触してつまづいてしまったためか、
一気に戦意を喪失して後方に沈んでいったが、
ダービーや天皇賞までをも制したほどの女傑の
ど根性は、そんなもんじゃぁない。
右にできたわずかな隙間に自ら首を突っ込み
両側から挟まれながらも抜け出し、
やっと前が見えたところをその先で蓋され
さらにそれを斜めにこじ開け、
岩戸の向こうに居た天照大神…
もといディープスカイを先頭の座から引きずり出して
ウオッカは遂に、安田記念連覇の日の目を
世に見せしめることができたのだった。 |
番外
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2002年 アドマイヤコジーン(後藤) |
かつて朝日杯を制したアドマイヤコジーンは後足を骨折しボルトを埋め、
その後反対の脚も折り、長期休養。復帰を果たしても勝ちきれない日々。
長い長い苦渋の時を経て、やっとの思いでつかんだ
東京新聞杯での復活勝利は実に驚くべきことであった。
さらに重賞を連勝し、GT高松宮記念も二着。
そして安田記念では、ついに3年半ぶりのGT制覇を達成した。
その鞍上はデビュー後11年もの間、GTを勝てないでいた後藤騎手だった。
ウイニングランでは、大歓声を受けると号泣し
スタンドに向かって深々と頭を垂れた。
人馬共にとても感動的なこのレースで
管理人は普段めったに買わない枠連8-8で馬券を的中させ、
こちらも独り感動しておりました。 |